里山を新たな住処にした彫刻たち
ここは長野県上田市余里。
築160年の古民家ギャラリーです。
上田駅から車で約40分。
街を抜けると景色が一変し
辺りは美しい里山の風景に囲まれます。
毎年4月下旬には花桃が咲き誇る、全国でも有名な場所でもあります。
ギャラリーの敷地にはたくさんの薪棚。
家主は薪と湧き水を軸にした暮らしをしています。
庭先では黒ヤギがお出迎え。
今はトタンで覆われている分厚い茅葺屋根は
その昔の風景を思い起こさせます。
1階は家主、古川誠の絵を展示
2階が吉岡の展示スペース
昔はお蚕さんの作業部屋として使われ
立派な梁があるこの空間。
改装や照明は、すべて作者自らが手がけています。
静かな空気の中で
作品たちが語りかけてくる物語を
お楽しみください。
目が空洞になっている「少女」というタイトルの作品がある。その空洞は単なる空洞ではなく、我々の住む広い空間とつながっている。その虚無の目から不可視の視線がこちらをじっと見ているのを感じるのである。人のまなざしは眼球から来るのではなく、その存在の果てしない深淵からやってくるに違いない。
またさらに顔さえもない作品がある。それにもかかわらず、そこに確かに顔があることがわかる。ないことが反対に、在ることの動かの証拠となる。「虚と実」どちらが真にリアルと言えるだろうか?
吉岡の作り出す人間は、固有名詞のない大文字としての人間である。我々の誰もが抱えている状況としての人間である。それはこの世に引きずり出されて、どう生きていくのか戸惑っている我々の姿そのものではないだろうか。
吉岡の作品は問いかける。この世に生まれてきたことが果たして祝福なのか、それとも劫罰なのか…?吉岡の作品を前にして、それらの作品は私を思索へと誘うのです。
大本山室生寺 教務執事 綱代裕康
※拡大できます
少女I 1991
スキャンダル 1995
エピソード 2010
カタルシス 2017
今生 1994
鏡の中に残された顔 2012
犯人は必ず現場に戻る 2015
肉仮面 2019
最後の者たち 2018
| 1946 | この世に生を受け、それが自分であると気づいた時の不思議さ まるでこの世の迷子だった。何を求めているかもかもわからず、絵ばかり描いていた。 |
|---|---|
| 1964 | とにかく美術の道に進むと決心。その頃、彫刻と出会う。自分に向いていると確信した。 |
| 1966 | 何とか東京藝術大学に入学。問題は、いったい自分は何を作ればいいのかということでした。 |
| 1973 | 卒業…小学校教師との二足の草鞋を履きながら、自分のニッチを求めて制作を続けた。しかし10年以上作っては毀し作っては毀すという時間だけが過ぎた。そしてついに芸術を断念すべき時が来たのかと思った。 |
| 1991 | それは突然侵入してきた! 求めていた宝物はすぐそばにあった。それは自分の中の海。そこから魚を釣り上げるように、作品が次々に生まれた。 |
…今振り返ってみれば、その時以降の私の作品の
すべては根拠のない仮説、または確信犯的な投機
であるに過ぎないかもしれない。
それにもかかわらず、それらの作品は
いわば投瓶通信に他なりません。
難破して打ち上げられた、無人の砂浜から一縷の
望みを手紙に託してそれを瓶に詰め、しっかりと
コルクの栓をして海に流す。
…誰に読んでもらえるかもわからない
黄泉の国へ向けた手紙です。
2026年 吉岡 正男
不定期営業、予約制
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1階スペースは、共同の作品展示やワークショップなどの催しにもご利用いただけます。
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A4版 45ページ
写真/編集 吉岡正男
2026年発行
¥3500(送料込み)
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